忍者ブログ
[561]  [560]  [559]  [558]  [557]  [556]  [555]  [554]  [553]  [552]  [551
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

不定期ssもどき

拍手










その日は特にすることもなく、のんびりしようかと休憩室に行くと、千早がコーヒーを淹れていた。
つい先日、事務所に最新式のコーヒーメーカーが導入され、ボタン一つでコーヒーが飲めるようになったが、
千早は以前から置いてあったサイフォンでコーヒーを入れていた。
フラスコから火を外して消すと、こちらをちらりと見て、2人分ありますから、と言った。
私は窓の近くの椅子に座り、彼女がコーヒーをカップに注ぐ様子を黙って見ていた。

「どうぞ」
「ありがとう」

千早は一口飲んだ後、テーブルに置かれていた小さいカタログを広げて読み始めた。
私は砂糖とミルクを入れようか入れまいかひとしきり悩み、結局カップを両手で包み込んだまま、
コーヒーから立ち上る湯気をぼんやりと眺めていた。
飽きて窓の方へ視線を移すと、空は灰色のような、水色のような、何とも言えない色で、
晴れているのか曇っているのかは分からなかった。
回した首を戻し、またぼんやりしていると、視界の端で千早がカタログを閉じるのが見えた。

「なぁ、千早」
「なんですか」
「コーヒーってすっぱいよな」
「すっぱい?苦いの間違いでは?」
「世間的にはそうだけど、俺としてはすっぱいんだよ」
「不思議ですね」
「不思議だ」

不思議ですねと返されたものの、千早はそれ程不思議がっているようには見えなかった。
まず何より、俺と話している間ずっと、壁にかかっているホワイトボードの予定表を眺めていて、
上の空の様だった。

会話が続きそうになかったため、観念してコーヒーを口の前まで運んだ。
ほとんど冷めていたが、まだほんのり温かく、息を吸うと爽やかな南国の香りがした。
もしかしたらすっぱくないかもしれない。
一口口に含んでゆっくり飲んでみると、予想していたよりすっぱくはなかった。
それよりも、何か大事なものを逃したような味がした。

神妙な表情の私を見て、

「コーヒーは淹れたてがおいしいんです」

と、千早は言った。

PR
Template by Crow's nest 忍者ブログ [PR]